「ベランダ掃除」

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●今日はベランダの掃除をした。
●オジサン、家の中は比較的キレイにしているのだが、「とりあえず、とりあえず」とベランダにゴミを置いておいたところ、ベランダがいわゆる「ゴミ屋敷」状態になってしまったのだ。icon07icon20icon20icon20

●ゴミも、とんでもない量になると、テコでも片付かない状況になる。icon07
●少しばかり捨てても、「焼け石に水」なのだ。icon03
●「いい人生」を標榜するオジサンが、これでは「いけない」と思いつつも、なかなか片付けることが出来ずにいた。icon04

●先日、知人のS女史から連絡があり、勤めていたハウスクリーニングの会社を退社し、独立するという。
●ついては、名刺を作って欲しいと言われた。icon03
●名刺はやらない方針なので、断ったが、是非にと押し込められた。icon20
●オジサンは、そこで、引き換えにベランダの片付けを依頼した。icon03
●なんと、ふたつ返事でOKとなった。icon02
●しかも代金は名刺代金と相殺で良いという。icon32

●そんなこんなで、本日、片付けを開始した。icon03
●ところが、プロも驚く、ゴミの量。icon07
●S女史の愚痴を聞きながら、オジサンもお手伝い。icon03

●何とか、形がついた頃、女史が、「今度は来る。」という。icon08
●「何が?」と聞くと、「雨が本降りになる。」と言う。icon13

●急いで、片付けに入った。icon20icon20icon20
●その直後、猛烈な雨が降り出した。icon15icon26icon26
●S女史の直感にオジサンは敬服した。icon06

●おかげで、完全に片付けは出来なかったが、何とか格好はついた。icon02
●後は、少しづつ、オジサンが片付けよう。icon20icon20icon20

●オジサンは今日、反省した。icon06
少しくらいなら、という考えが長い間には取り返しのつかない状況を招いてしまうことを。icon25
●これからは、ゴミを絶対に溜めないようにしようと心に誓うオジサンであった。icon20icon20icon20

ゴミを溜めるな!金、貯めろ!


ハウスクリーニングのご用命は、下記まで、お気軽にどうぞ。
  
  個人の為、大きな仕事は出来かねますが、小さな仕事に親切丁寧に対応してくれます。
  
  そうじや「さとう」電話090-7615-5878


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    「懐古・駄菓子屋Ⅳ」

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    ●「懐古・駄菓子屋
    ●オジサンがご幼少の頃、ジイヤの背中越しに見た二俣の町には、たくさんの駄菓子屋やお好み屋があった。icon03
    ●アルコールで脳がやられないうちに書き残しておこう。icon20icon20icon20

    ●「石川屋
    ●純正のお好み屋であった。
    味が良ことで有名。
    ●鉄板は3枚くらいあったように記憶している。
    ●いつも誰かしらお客がいて繁盛していた。
    ●オヤジさんは寡黙な人で、話をしているところを見たことが無かった。icon20
    ●オバサンは、いつもオジサン達、子供の面倒をよくみてくれた。icon02

    ●「焼いて」と頼めば、焼いてくれるが、お好み屋の楽しさは自分達の好きなように焼かせてくれるところにあった。icon02
    ●ただ、ひっくり返す時、失敗する時があり緊張した。icon04
    ●どの世界にも、達人と言われる者はおるもので、オジサンが2枚の返しを持ち、いつ返そうかとタイミングをはかっている前で、1枚の返しをサッと差し入れ、いとも簡単に裏返しにする奴もいた。icon08

    ●オジサン事になるが、高校時代に交際していた女性がいた。もちろんプラスチック・ラブである。icon20icon20icon20
    ●彼女とのデートのコースに「石川屋」を選んだ。icon02
    ●そこまでは良いのだが、彼女を目の前にして華麗に、お好み返しをしようと思うのだが、緊張のあまりなかなか返せず、長い時間だけが流れ、最終的には、かなり焼き過ぎのお好みが出来てしまった事がある。icon07icon07icon07

    ●オジサンが睾丸の美少年の頃のほろ苦い思い出。icon20icon20icon20
    ●今は厚顔のオジサンになってしまったが。icon19icon20icon20icon20

    ●さてさて、夏休ともなれば、夏休みの友などには目もくれず、ラジオ体操の後は、山へ川へ、遊びまくり。icon26icon26icon26
    ●自転車に乗って数キロ先の阿多古川まで行き、唇が青くなるまで、冷たい川の水につかって遊んだ。
    ●さらに、余裕のある時は、二俣へ引き返し、二俣小学校のプールで、また遊んだ。icon03

    ●水遊びは疲れる。腹が減る。icon10

    ●そんな時、友達と行って食べる「石川屋」のお好みは、いつもより何倍もおいしかった。icon02

    ●オヤジさんは亡くなったと聞いた。オバサンはどうしているだろうか。icon04

    ●毎日、子供達が出入りして、活気に溢れていたお店も、今はその面影さえ残していない。icon21






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    「懐古・駄菓子屋Ⅲ」

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    ●「懐古・駄菓子屋
    ●オジサンがご幼少の頃、おんば日傘で歩いた二俣の町には、たくさんのお菓子屋やお好み屋があった。カルツハイマーのうちに書き残しておこう。

    ●「鈴木商店
    ●二俣小学校の南、元NTTビルの北にあったのが、「鈴木商店」だ。
    駄菓子好み焼きかき氷をやっていた。

    ●ここのお好みは、どちらかというと濃さがなく、具も少な目であった。
    ●そのため、火が強い時は、上は柔らかで、下の方がセンベイ状態になる。icon20icon20icon20
    ●そういう場合、オジサン達は上の柔らかいところを、あらかた食べてしまってから、下のセンベイ状態の所に再度、ソースを塗り、カキコをかけて食べていた。icon03
    ●そんな風に一枚のお好み焼きで長時間粘っていたが、不思議と怒られたりはしなかった。
    ●今のいつまでも居酒屋に居続ける習性は当時から培われていたものと思われる。icon19icon20icon20icon20

    ●当時、オジサンは「天竜塾」へ通っていた。
    ●この塾のユニークなところは、授業中にお菓子を食べても良い事だ。icon02
    ●そのお菓子を買うのに便利なお店であった。icon02
    ●そうそう、この天竜塾であるが、お菓子は許されていたが、授業は厳しかった。icon03

    ●最後に問題が出て、解答できた者は帰れるが、出来ないと竹のムチでお尻を叩かれ、出来るまで、居残りとなった。icon07

    ●二橋先生は文字どおり、「アメムチ」を使い分けていたことになる。icon20icon20icon20

    ●ちなみに、鈴木商店の息子のY氏は同級生である。幼稚園から高校まで同じであった。icon07


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    「懐古・駄菓子屋Ⅱ」

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    ●「懐古・駄菓子屋Ⅱ」
    ●オジサンが、ご幼少の頃、二俣には、それぞれに個性を持った駄菓子屋、お好み屋があった。
    ●オジサンがボケないうちに書き残しておこう。icon20

    ●「高田屋
    ●西古町公会堂の前にあった。
    ●現在は住宅になって面影は残っているが、オジサンが通ったのは、改築前のお店だ。

    高田屋さんは、いわゆる、クジ引き系のお店ではなく、正統派のお菓子屋さんであった。
    ●オヤジさんが和菓子の色々を作り、陳列していた。
    ●そして、その傍らで、はかり売バラ菓子を売っていた。
    ●オジサンは、そのバラ菓子が目当てだった。

    ●子供のお相手はもっぱら、オバサンだった。
    ●「10円分ちょうだい。」と言うと、ガラスケースに入ったお菓子を紙袋に入れ、ハカリに載せて、重さを量り、手渡ししてくれた。
    ●そして、時には、オマケしてくれた。icon02

    ●オジサンは「あじろ」という、魚の形をした小さなセンベイと「変わり玉」という飴玉が好きだった。
    ●変わり玉は舐めていると色が変わっていくと言っていたが、確かめた事は無い。icon20
    ●ただ、最後まで舐めきろう、といつも思うのだが、直径5mmくらいになると、いつもガリッと噛んでしまうのが、常であった。icon07

    ●当時、メーカー菓子も出回っていた。
    ●オジサンはキャラメルについていた小さな丸いシールに魅せられてしまい、それを巨人軍の帽子の周りにグルッと貼り付け、得々としていた。icon03

    ●ガラス瓶に入った色々なお菓子の並ぶ駄菓子屋は、お菓子が楽しみな子供にとっては夢の空間でもあった。

    ●ご幼少の頃のオジサンはどんな子供であったか、聞いてみたいが、優しかったオバサン、オヤジさんも、すでに他界して久しい。icon21


    ●「大高菓子店
    ●「天富志」のところで書いた、西町銀座通りにあった。
    ●建物は松野生花店さんに囲まれるように、四辻の角に当時のまま残っている。

    ●ここも、クジ引き系ではなく、メーカー品を核としたお菓子屋であった。

    ●オジサンのお気に入りは、ここしかなかった「みたらし団子」」だ。
    ●今でも、時々、食べることがあるが、あの「みたらし」より美味いと思うものはめった無い。icon03

    ●兄弟といっしょに日曜日の朝、いつも食べるのがヤタローの「パリージャン」という丸い大きなパン。
    ●それを母上が毎週、三兄弟の為に買ってきてくれた。

    アイスも、このお店でよく買った。
    ホームランバーアイスは、バーにホームランの字が出ると、もう一本もらえるとあって、絶大な人気があった。
    ●ここら辺の子供達の熱狂は、オジサンのお気に入り「週刊SLOW TIMES」さんの「名糖ホームランバーの秘密」に詳しいので、興味のある方は覗いてみてください。名文で引き込まれます。

    ●当時「スーパー・マーケット」が台頭してきた。icon20
    ●新町通りに「さんたけ」というスーパーが出来た。
    ●普通のお店で買うよりということで、繁盛していた。

    遠足に行く事になった。

    ●遠足のオヤツもスーパーで買えば、もう一品多く買える。子供でも計算はする。
    ●友達と「さんたけ」へ行くことにした。
    ●「大高」の前を通る時、偶然、大高のバアバと顔を合わせてしまった。icon08

    ●「H君、遠足のオヤツ買いに行くだかね」子供心にもマズイな、と思った。icon07

    浮気現場へ向かう途中、バッタリ女房に会ったようなもんだicon19icon20icon20icon20

    ●「うん…。」オジサンは口ごもった。icon20icon20icon20

    ●すると、バアバは「うちでも、まけてやるで、後で寄んないよ」と言ってくれた。icon22icon22icon22

    ●オジサンは、その言葉に気が楽になり、「さんたけ」で買う品を減らし、残りのお金を握り、大高へ向かった。icon26icon26icon26

    ●バアバの嬉しそうな顔が、そこにあった。icon02icon02icon02



    ●このシリーズ、まだ続く。icon20icon20icon20


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    「散歩コース下見」

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    ●「散歩コース下見
    ●いつも自動車で通るたびに、気持ちの良い道があって、いつかは散歩コースにしようと思っていた。
    ●昨日今日と葬儀が終わったせいか、気が抜けたようになっていたが、家に閉じこもってばかりではイカンicon19と、コースを歩いてみた。
    ●最初は天気も良く、「気持ちいい」と思っていたが、歩くにしたがって汗ばむほど。icon20
    ●でも、長さといい、景色といい、オジサンには丁度いいコースであることが判った。icon02
    ●毎日は無理だが、ボヤッ~としているくらいなら、歩いてみよう。icon24








    ●春には桜並木になります。けっこう壮観号。icon19icon20icon20icon20


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    「懐古・駄菓子屋」

    カテゴリー

    ●「懐古・駄菓子屋
    ●オジサンがご幼少の頃には、二俣には駄菓子屋お好み屋が、たくさんあった。
    ●子供の数が今とは比較にならないくらい多い時代であったから、小さな商売とはいえ成り立っていたのだろう。
    ●思い出せるうちに書き残しておこう。icon20

    ●「かんちゃ屋
    ●家の近くにあった駄菓子屋で、オジサンが最も通ったお店である。
    ●ムッキー(くじ引き)が主流で、当たりスカ(はずれ)に一喜一憂していた。
    ●もう亡くなって随分になるが、オジサンとオバサンが店番をしていた。
    ●何を買おうか、と迷っていると、オバサンには、「早く買いないicon18と凄まれた。逆にオジサンはノンビリしていて、好きだったな~。icon02

    ●お店の名前を「かんちゃ~」と呼んでいたので、子供達は皆んな、「かんちゃ屋」が屋号だと思っていたが、
    ●実際には息子さんが「寛二」という名前で、大人達の間で「かんちゃ、かんちゃ」と呼ばれていたのを聞いていた子供達が「かんちゃ屋」と勘違いしていたのだった。
    ●このお店は、今はもうオジイサンになってしまった青年「寛ちゃ」がお菓子の卸しを続けている。

    ●「こさくさ
    ●大明神の向かいにあった。
    ●このお店も「こさくさ」と呼んでいたが、上記の例に当てはめると、やはり「小作」という人が居て、「こさくさ」になったと考えるのが、正しいのかもしれないが、確かめた事は無い。icon03
    ●「こさくさ」へ行く目的はオデンだ。
    ●店に行くと、牛乳ビンの底のような丸いメガネをかけた、太ったオバちゃんが迎えてくれた。
    ●オデンは、コンニャクの田楽煮込があった。
    ●双方とも美味しいがオジサンは、田楽の方が好きだったな。icon03

    ●その「こさくさ」の向かいに、壷で焼く、焼き芋屋があった。店名が出てこない。icon07
    ●思い出すのは、寒い冬の日。icon14
    ●その日は、珍しく一人でいた。
    ●焼き芋を一つ買い、大明神の灯篭の下で、芋を割った。
    ●栗のように白い芋が出てきた。icon08
    ●その白さと美味しさは、今も鮮烈に覚えている。icon02
    ●あの日は一人で良かった。icon20icon20icon20

    ●そうそう、焼き芋屋の店の前に、いつも犬が日向ぼっこしていた。
    コロだ。老犬だったらしく、優しい目をした、おとなしい犬で、オジサンは大好きだった。icon03 

    つづく。icon26


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    「通夜そして葬儀」

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    ●「通夜そして葬儀」●あわただしかった、2日間が終わった。icon20

    ●通夜には、お店に関わった人々が次から次へと来てくれた。icon02

    ●Aさんも来てくださった。お会いするのは20数年ぶりか。●顔色が良くない。座るにも一苦労である。●お聞きすれば、ガンと闘病中との事。icon08●Aさんが、まだ若く、ハツラツと元気だった頃の姿が思い浮かんだ。icon04
    ●歳月と病魔は、ここまで人を変えてしまうものなのか。●オジサンは改めて、時の流れの早さと健康の大切さを痛感した。icon21

    ●通夜はさながら、同窓会のようであった。●懐かしい顔がたくさんある。icon03

    ●変な話だが、こういう事でもなければ、普段、会うこともない人が大勢いた。
    ●飲み屋のオバアサの通夜だけに、酒呑みが多く、いつの間にか酒宴が始まり、大盛り上がりになってしまった。icon20




    ●翌日、オジサンは5時起きの仕事がある為、出棺には立ち合えなかったが、時間を調整し、焼き場に向かい、オバアサに最後のお別れをした。icon20

    icon13涙雨の降る中、来た人は少なかったが、最後の顔を見れて良かった。icon02
    ●「ありがとう、世話になったね。」と声をかけると、涙が出てきた。icon21
    ●皆も泣いていた。肉体としての故人が無くなるこのシーンは何度立ち会っても泣ける。icon21

    ●「世話になったね。」といったが、正直に書けば、生前は我々の方が世話をしたものだ。icon20
    ●自転車すら乗れず、知識も乏しいオバアサの手足になって動いたのは我々の方であった。icon20

    ●オジサンもヒューズの交換をしたり、家賃を振り込みに行ったり、エアコンのフィルターを交換したり。重いものを店に運んであげたり。icon20

    ●ある時、オバアサが「六神丸」を買ってきてくれというので、浜北の杏林堂で買い、持って行った。

    ●「これは違う。」icon18という。

    ●こんなに小さくない、もっと大きな箱だと、言い張るので、「六神丸」は、これだよ、と言い合いになった。icon18

    ●ふと、オバアサの顔色が変わった。何かに気がついたようだ。icon07

    ●「すまん、百草丸だった。」icon08

    ●オジサン、のけぞった。icon07

    ●その他にも、ボヤを出したり、救急車で運ばれたり、色々な事があった。そして、その度に借り出された。icon20
    ●お店の片付けも、みんなで半日かけてやった。icon03

    ●その時すでに、オバアサは入院中であったが、うわ言のように、「退院して、早く店をやりたい。」と言っていた。店は、すでに無いのに。icon20icon20icon20

    ●オジサンだけでなく、それぞれにオバアサとの思い出があるのだろう。icon06

    ●面倒ばかりかけるオバアサであったが、何故か憎めない不思議な人であった。icon02

    ●オジサンは、焼き鳥のタレの作り方を聞いている。いつか、皆んなで、焼き鳥パーティーを開き、故人を偲ぼうと思っている。icon21



    精進おとしの一こま。オバアサを酒の肴に呑んでばっかり。icon07


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    追悼「こだま」

    カテゴリー



    ●追悼「こだま」

    ●「こだま」のオバアサが亡くなった。83歳の生涯だった。

    ●東北から出てきた。

    ●女一人の気ままな人生と言いつつも、苦労をしてきたに違いない。

    ●まかない仕事や屋台を経て、「あぶらげ」で有名な「ヤマチョウ」さんの隣に小さな店を構えた。

    ●その店はオジサンのオヤジなども利用していたのだから、歴史は長い。

    ●オジサンは、最初、入店するのを躊躇していたが、「ヤマチョウ」さんと親しくなり、連れていってもらった。

    ●以来、ブランクはあったが、30年近くのお付き合いとなる。

    ●それまで、「こだま」のお客さんは、国鉄や郵便局や電電公社の年配の人が多かったが、次第に、オジサン達、20代の若者が占拠?していくことになる。icon03

    ●「こだま」の店名の由来は、特急「こだま」にかけて、国鉄のお客さんから命名してもらったという。

    ●当時、icon36カラオケもあったが、カセットや8トラで曲だけ流れ、歌詞カードを見ながら、歌うというスタイルであった。

    ●今、思い出すと笑えてしまう。

    ●印象的なシーンを一つ。icon22

    ●その日、オジサンが一人呑んでいると、中年のお客が、サッと店に入って来て、「冷、一杯!」を注文した。

    ●客は、出されたコップ酒を、おもむろに、グビッグビッ、と呑み干すと、カウンターに500円玉をパチッと置き、「ツリはいらん。」と言いながら、サッと店を出て行った。その間、数秒。icon35icon26

    ●オジサンは唖然としながら、その後ろ姿を見送った。icon08

    ●当時から、オジサンは、ダラダラと呑むスタイルであったから、そのオヤジがとても粋でカッコ良く、見えた。icon22icon22icon22

    ●一度、やってみたいなと思うが、すぐ舞い戻ってきて、続きをやるだろうけどね。icon20icon20icon20

    ●店というのは、普通、立て直す度に、大きくなったり、設備が充実してくるものだが、「こだま」は、ドンドン小さくなっていった。icon20icon20icon20

    ●しまいにはトイレも無くなってしまい、お客は、「そこら辺」ですることとなった。icon25icon07

    ●それでも、お客が減らなかったのは、「たまさ」のことを、若かったオジサン達は自分のオバアサやオフクロのように思っていたからかもしれない。icon03

    ●いずれにせよ、料金も含めて「安気に呑める店」だったのだろう。icon02

    ●お店に来た、お客同士で3組のカップルも生まれ、呑み仲間で結婚式にも出た。icon16

    ●披露宴が、のん兵衛達の宴会場になってしまい、乱獄ない状態に。icon07 新婦側は唖然。icon08

    ●その後、立ち退きに合い、写真の場所に店を移した。icon20

    ●バブルの時を迎え、景気の良い時もあったようだが、それも、つかの間。icon04

    ●若かったオジサン達も昔のように、お金が自由にならなくなり、次第に昔の結束は無くなっていった。icon20

    ●最後の頃は、体調不良と闘いながらも店を開けていたが、80過ぎの体には、きつかったと思う。

    ●いつもオバアサは強気で、口の悪い馴染み客が「くそバンバ~、早く死ね!この店、俺がやるで!」などと言われても

    ●「なにょ~こいてるだ、バカヤロ~!死んでたまるか~icon18!」なんて、やりあっていた。

    ●そんな、やりとりを笑いながら呑んでいるのが好きだった。icon02

    ●冬の寒い日、オジサンが店に入ると、背中を丸めながら、一人ポツンとお客を待つオバアサの後姿を思い出す。icon21

    ●佐藤のぶ、享年83歳。東北に生まれ、二俣に死す。

    ●近親者少ないため、かつての仲間が終結して、オバアサを天国へ送り出す。icon03

    ●オバアサ、そっちでまた「こだま」やっててくれ、いつになるか判らんけど、また、「こだま」の暖簾をくぐらせてもらうよ。icon20

    ●長い間、お疲れさまでした。そして、ありがとう。icon21



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    「おくやみ」

    カテゴリー

    ●今日、以前に書いた、「こだま」の店主「おたまさん」が83歳でお亡くなりになりました。icon21
    ●喪中、早々ですので、アップを控えさせていただきます。悪しからず。icon06


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    「運勢」

    カテゴリー

    ●「運勢
    ●皆さんは、「占い」や「運命」や「鑑定」を信じますか?●オジサンは半信半疑といったレベルであるが、朝のテレビでやっているレベルのものは、鼻で笑っている。icon03

    宇宙(自然)は波動で出来ているという理論がある。●人間も自然の一部分である以上、波動的存在と言える。●だから、意味も無く、体調が悪かったり、落ち込んだりするのであろう。icon21
    ●そうそうバイオリズムなんていうのもあった。

    ●一年を通してみても、調子の良い月とそうでない月がある。icon02icon04●オジサンでいえば、鼻炎のせいもあるが、2月~4月は毎年、スランプだ。icon25●意欲的になれない、ダルい、眠い、軽いウツ状態になる。●一般的にもこの時期、精神的に不安定になる人は多い。icon21

    ●こういう時期は、自分を責めない方が良いように思う。●ダラシない自分を波動君のせいにして許してしまうという居直りも必要だ。icon20

    ●オジサンは、これから二俣まつりが終わるまでは登り調子になる。icon24二俣まつりがピークになり、その後、落ち込みicon25、年末年始で再び上がってくるicon24というサイクルだ。

    ●他人から見ると、オジサンは年がら年中、バカを言ってicon03ハイな状態にあるように見えるらしいが、どっこいオジサンも人間。悩みもあるしicon04、落ち込みicon25もあるだに。icon20icon20icon20

    ●さて、写真は、書道でご一緒しているFさんが、調べてくれたオジサンのここ10年くらいの運気である。
    ●この図によれば、現在は登り調子という事だが、正直、そんなに良いという実感は無い。icon21

    ●ただ、こうした具体的な図を見せられると、何か自信のようなものが沸いてきて、そうか、頑張ろうという気持ちが沸いてくるから不思議だ。

    ●もし「占い」や「鑑定」に功罪があるとするならば、希望を持たせるという事になるのではないだろうか。icon19

    ●今、元気の無い人波動の原理で必ず転機が訪れます。icon02icon02icon02

    雲外に蒼天あり!icon13icon11icon22icon22icon22

    ●腐らずに、やれる事からコツコツやって、いきまっしょい!icon02icon02icon02



    ●ちょっと、イラストと色、使いすぎだね。(反省)icon20icon20icon20


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    「朝のスタート」

    カテゴリー

    ●「朝のスタート
    ●皆さんは、どんな朝のスタートを切るのであろうか。
    ●オジサン、今日は早起きの日、(月水金)朝5時に起床
    ●トイレ小。
    ●軽く洗顔。
    ●テレビをぼやっ、と見ながら、まず、500ccの水を時間をかけて、ゆっくりと飲む。
    ●これによって、睡眠時に発散した水分が補給され、血液、体液の流れがスムーズになり、体が目覚めていく。
    ●その後、イスをガイドに足の筋肉のストレッチ
    ●寝ている間に、固くなっていた筋肉がほぐれていく。気持ちが良い。icon02
    ●それから、血圧を測る。朝は一番高い。
    脳溢血脳梗塞などの発症は午前6時から9時までに集中しているというデータがある。ご注意を!icon08って、オジサンの事か。icon07
    ●最近の朝食はパストラミサンドマスタードを塗ったフランスパンにパストラミとキャベツを挟み、ドレッシングを少々、振りかけて、ガブッといただく。
    ドリンク野菜ジュース、もしくはコーヒー。その日の気分次第だ。
    ●オジサン、歯は丈夫いもんで、柔らかい食パンでは、歯ごたえが物足りない。
    ●その後、歯間ブラッシング歯磨き口内洗浄液で口をすすぐ。
    サプリメント血圧降圧剤を飲む。
    ●その後、トイレ大。読書。
    ●軽くなった体で夏なら汗ばむ程度の軽トレーニング。メニューは秘密。icon20言える事は、どえらい手抜き楽々メニュー。(キツイと続かんだよ。オジサンは!icon20
    お風呂もしくは、シャワー
    ●小原の庄助さんは、朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、身上つぶしたようだが、朝湯くらいなら許しておくれ。
    お化粧icon08???
    ブログチェックメールチェック
    ●早出の日は、新聞を読んでいる暇は無い。新聞は精読すると、意外と時間がかかるものなのよ。
    ●6時45分、家を出る。
    ●初夏の早朝、まだ、肌寒いが、風呂上りのさっぱりした体には気持ち良い。icon02
    さぁー、今日も頑張るぞ~icon24、という気力もお昼近くには、さすが萎えるが、icon25工夫して気持ちの良い朝のスタートをきりたいものだね。icon02icon02icon02


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    「長い一日」

    カテゴリー

    ●「長い一日」●今日は自然起床。目覚ましは、かけなかったが、7時頃には目が覚める。●二晩続いたフィーバー(古いね)のダメージは思ったよりも少なく、爽快。icon11●浜松の南区より、同級生のO氏が来るので、部屋を大至急で掃除する。icon26●来客は良い。●来客でもなければ、掃除が、おろそかになる。icon20●1時間あまり、あれこれと談笑。icon02●ジッとしておれない性格のO氏の口癖は、「忙しい。」icon20●早朝より、休む間もなく、動いているらしい。●いわゆる、マメなタイプ。●自分であれこれ仕事を作り過ぎて、忙しいのだから、オジサン、何も言えない。icon07●午後から、佐鳴台にて、あるパーティーの企画会議。●若い連中と、あれこれ企画を案出しあう。●おおよそのプログラムが出来上がるが、これからのツメが大変。●昼過ぎから午後7時過ぎまで話し合う。icon20●オジサン、お疲れモード。icon07●帰路、「山岡屋」でラーメンと餃子を食す。icon38●美味しいが、トンコツ醤油には、今ひとつ、なじめず。icon20●オジサンは純正しょうゆラーメンが好きだ。icon16●今日は、「はるノス」さんのバンド練習に参加したかったが、残念である。icon04●現在、午後10時。●明日は、また、午前5時起きだ。icon20●今夜は休肝日にして、明日からの仕事に備えよう。icon03●長かった一日が終わる。●今日一日のお導きに感謝して眠りの途に就こう。●感謝合掌icon06●写真は佐鳴台の事務所から「天気、晴朗なれど、風強し」をパチリ!



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    「プチ同窓会」

    カテゴリー

    ●「プチ同窓会
    ●昨夜は、プチ同窓会とあいなった。
    ●おじさん、よく呑むね~。icon07

    ●メンバーは男性2名女性2名の4人。
    ●在学中は、そんなに親しい間柄ではなかったが、「浜商まつり」という全体同窓会の幹事をやった頃から親密度が増し、現在に至っている。
    ●もし、オジサンが幹事になる事を拒んでいたら、今の姿は無い事になる。icon20
    ●前も書いたが、ご縁の不思議を感じる。icon03

    ●場所は、有楽街シダックスの地下にある、「味源」さん。
    ●このお店、今、はやりの個室居酒屋である。
    4人だけの貸切のような形になり、薄暗い照明とあいまって、すこぶるムーディーである。





    ●ただ、次第にお酒が入ってきたオジサンは、オヤジギャグが止まらなくなり、そのムーディーさは、雲散霧消してしまった。
    ●最後は大笑い海岸状態になったのは、言うまでも無い。icon20icon20icon20

    ●さて、人間、五十歳を過ぎると、鈍感力が強くなり、お酒でも入った日には、「実は、あの頃、あなたの事が好きだったんだicon16」などと平気で言えるようになる。icon07
    ●「えっ!私もよ」って言われた事はないが、icon17同窓会は、ちょっと危ない集いでもある。icon20icon20icon20

    ●ところで、このお店の酒肴は、ちょっと風変わりなものが多く、注文するのに躊躇するが、総体的に美味しかった。icon38
    地酒の良い物もあるが、お値段は、やはり、それなり。icon20

    ●さて、二次会は、お決まりのカラオケルームへ。icon26icon36
    ●それにしても、よく飽きないね、オジサン。icon07
    ●酔いも手伝って、頭の血管、切れるものなら切れてみよ!とばかりに、オジサン、放歌高吟icon18icon20icon20icon20

    ●今回、良かったのは、4名という少ないメンバーであったことか。icon02
    ●大勢で行くと、グループが出来て、まとまりが無くなるが、4名くらいだと、話もよく見えて、まとまりはかえって良い。
    ●まぁ、オジサンを筆頭にメンバーが良かった事が大きな要因ですがね。icon19icon20icon20icon20
    ●こうしてオジサンは、土曜の夜を、おおいに堪能、謳歌したのであった。icon22icon22icon22

    ●お互い50歳を超えたが、それまでの人生の積層を持ち寄り、語り呑み喰い唄い時には踊るicon07
    同窓会は、いいものだ。icon02

    ●お付き合いいただいた、ムームー竹ちゃんカーコにブログを借りて、御礼申し上げたい。icon20icon20icon20


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    「花金」

    カテゴリー

    ●「花金」●花の金曜日
    花金という言葉が定着して久しい。
    ●昔は、週休2日制なんてものは無かったから、花土?しかなかった。
    ●今のオジサンはサラリーマンでは無いのだから、花金なんて無い筈なのに、サラリーマン時代の名残りなのか、週末が近づくとソワソワしてくる。icon03
    ●そして、案の定、金曜の夜は、いつもハメを外し過ぎて、土曜の朝、反省する事になる。icon07

    ●しかし、こうした事を、あながち悪い事では無いと思っている。icon20
    ●毎日、毎日、判を押したような日々を続ける人生よりも、一日、一週間、一ヶ月、一年の中に節目起伏がある人生を歩みたい。icon02

    ●さて、オジサンの花金は、やはり居酒屋から始まる。お気に入りは「すみよし」さんだ。icon02
    ●このお店は、太田和彦という、居酒屋研究家が提唱する、いい居酒屋の条件、「いい酒、いい人、いい肴」の条件を、ほぼクリアしている。
    ●なにより、安いicon20

    ●「すみよし」さんの不思議なところは、年齢層が広いところだ。
    ●店主のKさんが、いい人であるせいか、二十代からジイサンまでが出入りする。
    ●そしていつか、みんな呑み友達になってしまう。icon02

    ●さて、その後、オジサンは、金墨会という書道の会へ行く。icon26
    ●お酒が入っているので、真面目に書く事はマレ。icon20
    ●終わってからの酒宴が楽しい。icon03



    ●写真は、明泉さん豊泉さんの書。お二人とも女性。実に素敵な字を書きます。オジサン、かないません。icon20



    ●昨夜は、酒宴の途中に、お誘いの電話icon39が入った為、金墨会を中座し、次のお店へ。icon26
    ●そこで、居合わせた、転職したU氏の話に、大笑い海岸した後、カラオケ熱唱で終わった。icon36icon20icon20icon20

    ●さぁ、目いっぱい、遊んだ後は仕事!仕事!午後から営業モードに入ります。icon19


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    「椿三十郎」

    カテゴリー

    ●「椿三十郎」1962年上映
    用心棒の大ヒットに気を良くした東宝が、続編として世に送り出した作品。
    ●オジサン的には用心棒より、少しだけ評価は低いが、本作品の方を上位と見る人も多い。



    加山雄三田中邦衛など若侍の集団の浅薄さに、業を煮やし、首を突っ込んだ三十郎(三船敏郎)が、次第にゴタゴタに巻き込まれていく。


    ●この作品でも「緊迫の中のユーモア」が盛り込まれている。
    ●家老の奥方の逃亡を手伝うことになり、ヤキモキしている三十郎を尻目にマイペースを崩さない奥方。そのやりとりが、笑いを誘う。

    ●あまりに、ギスギスしている三十郎に、「貴方は抜き身の刀ですね。いい刀は鞘に納まっているものですよ。」みたいな事を言われ、説教される始末。icon20icon20icon20

    ●そう言えば、このセリフをホーケイの人が、言い訳に使っていたらしい。icon19icon20icon20icon20

    ●この作品でオジサンが凄いなと思ったのは、怪優「伊藤雄之助
    ●ボケ家老の役で出演するのだが、黒澤監督の「生きる」では、狡猾な悪魔的な役柄。
    ●対極の役柄を演じきるところは、さすがである。

    ●この作品の、圧巻は仲代達矢演ずる、室戸半兵衛と三十郎との一騎打ちだ。
    ●両者、近い位置で向かい合ったまま、長い沈黙。
    ●………室戸がアクションを起こそうとする瞬間、三十郎の刀がそれより早く室戸を切り上げる。
    ●吹き上がる血しぶきicon08icon08icon08



    ●このシーンはポンプで一気に、仕掛けた血糊を押し出しているとの事だが、見事にタイミングがあっている。

    ●黒澤作品のうち、時代劇の秀作三作品を紹介してきた。
    ●カラーじゃないし~、時代劇だし~、暗いし~、と言わず、一度観ていただきたい。
    ●黒澤監督は「どですかでん」という作品から、カラーを手がけることになるのだが、オジサン的には、モノクロ時代の方が秀作が多いと感じている。

    ●本作品も含めて、脇役もしっかり自己主張しているところは黒澤作品の真骨頂であるが、後期、こういった作品が少なくなったのは残念である。icon21


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    「蜘蛛巣城」

    カテゴリー

    ●「蜘蛛巣城」(くものすじょう)1957年上映。
    ●オジサンが、黒澤監督作品の中で満点をつけるのは、前出の用心棒と、この蜘蛛巣城である。

    ●本作品は、かの有名なシェークスピアマクベスという作品を翻案したものだ。
    ●翻案というのは、七人の侍に感激したアメリカが、原作を下敷きに荒野の七人を創ったのと同じ。
    ●最近の日本の作品は評判が良く、リングシャル・ウイ・ダンスなどが翻案、製作されている。

    オーソン・ウェルズという監督が、そのものズバリのマクベスという作品を撮っているが、重くて、オジサンは途中でメゲタicon07

    ●ひきかえ、本作品は、時代劇に置き換えられ、能の様式を取り入れ、日本人には大変解りやすい作品となっている。

    ●ストーリーは未見の方の為、披露しないが、一言で言えば、人間の弱さを描いておるんではないか、とオジサンは思っている。icon03

    ●テーマがテーマだけに、全編に漂う、重圧感に耐えられない方には、お薦めしない。icon04

    ●ただ、もし全編を観賞できたならば、何かしらの思いが、胸に残ることは確かだ。icon06

    ●見所は、たくさんあるが、浅茅が次第に狂っていく様を、山田五十鈴が狂気の演技で表現する。
    ●ゾクッ!とする圧巻のシーン!icon20icon20icon20



    三船敏郎扮する鷲津武時が、弓矢の嵐に、逃げ惑うシーンなども圧巻である。icon08



    ●このシーン、至近距離から、弓の名手が数名、三船に向かって、トリック無しで矢を放っているらしい。icon20icon20icon20
    ●三船の表情からも、それが伺い知れる。icon08icon08icon08

    志村喬、千秋実、稲葉義男など、七人の侍の名優達が脇を固める。
    ●懐かしいところでは、浪花千栄子(オロナインの看板に出てたicon20)が、物の怪の老婆の役で、不気味な存在感を見せつける。icon04

    ●注文があるとすれば、音声が悪く、セリフが聞き取りにくい所がある事くらいか。icon36
    ●とにかく、オジサンにとっては、忘れられない一本である。
    ●未見の方は、即、ビデオセラーに走りなさい。icon26icon26icon26

    ●ただし、面白くなかったとしてもオジサンは責任はとりません。icon21
    ●ラーメン、餃子と同じで、好みは皆んな違うもんね。(どういう論理?)
    ●悪しからずってとこで。おしまい。チャン、チャン!icon03icon03icon03




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    「用心棒」

    カテゴリー

    ●「用心棒」1961年公開
    ●オジサンは映画が好きだ。
    ●最近の映画も良いが、「モノクロ」時代の映画にも秀作は、たくさんある。

    ●オジサンのお薦めは、「黒澤 明」監督の「用心棒」だ。
    ●この作品は何回も観た。
    ●そして、毎度笑ってしまう。
    ●人は、これを「アクション映画」というが、これは「コメディー映画」でもある。icon03

    ●こういうシーンがある。



    ●手痛いリンチに合った三十郎三船敏郎)は、棺桶に入り、命からがら修羅場から逃げ出す事に成功する。icon02
    ●逃亡を手伝った、権爺東野英治郎・初代水戸黄門)が言う。

    ●「ところで、お前、歩けるか?もう少し行くと念仏堂があるんだが…」icon20
    ●「歩ける。」と答え、三十郎はヨタヨタと立ち上がる。icon07

    ●その形相に、権爺は息を呑む。icon08

    ●「お前、生きてるようには見えないぜ。」icon21
    ●「二、三日寝てりゃ生き返るさ。」三十郎はニヤリと笑って言う。icon04

    ●「icon08よせやい、笑うと、なお凄いや」icon20icon20icon20

    ●オジサンはこのシーンの、このセリフに、いつも大笑いしてしまう。icon02

    ●この作品、「緊張」の中に「笑い」が絶妙にブレンドされている。
    ●「緊張とユーモア」という、黒澤監督、お得意の技巧、「対比の妙」が冴えを見せる、一駒である。

    ●その為か、話は凄惨な結末で終わるのだが、不思議と悲壮感は無く、観客はむしろ、カタルシスさえ感じてしまうのである。icon03



    ●写真の本は「用心棒」スチール写真 全348 (小学館文庫/476円)
    ●三十郎のフィギアは黒飴1個に、ついていた。
    ●と言うより、フィギアに、黒飴1個がついて400円!icon21
    ●最近、こういう商売多いね。icon07

    ●オジサン達は、「おまけ」に弱い。icon07
    ●「グリコ」の功罪ではないかしらん。icon04

    ●映画好きの貴方に……
    みんなのシネマレビュー」 http://www.jtnews.jp/


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    「灯台下(もと)暗(くら)し」

    カテゴリー

    ●「灯台下(もと)暗(くら)し
    ●「身近なものほど、見えにくい」というような意味か?

    icon11今日の天気は上々で、「だいぼし」さんの写真を撮った後、気持ちが良いので、「しょうげつ橋」あたりをブラブラした。

    ●今日の「二俣川」の水は美しい。icon08
    ●オジサンは思わず、シャッターをきった。


    ●溜まりに30匹くらいの「」や「ニゴイ」が終結して、日向ぼっこ?をしていた。
    ●魚も、「いい日」がわかるかのようだ。icon02

    ●何十年かぶりに、橋の下へ降りてみた。icon03


    ●子供の頃、「ハヤ」を「ヒッカケ」で捕った事を思い出した。icon06
    ●なかなか捕れなかったが、それだけに捕った時は、皆んなに、見せびらかして、喜んだものだ。icon02

    ●現在の場所に居を移して、6年ほどになる。icon03
    ●来た当初、キラキラと輝いて見えた景色も、いつの間にか、何でもない景色になってしまう、「鈍感力」が恐い。icon07

    ●ましてや、何十年も住んでいたら、なおさらであろう。icon20
    ●「灯台下(もと)暗(くら)し」にならないように、生きたいものだ。icon03

    ●「しょうげつ橋」と川沿いの道路の交わるところに、「二俣高校」のスローガンが立っている。icon01



    ●「ただ、若き日を惜しめ

    ●実に、いい言葉だ。icon22icon22icon22

    ●オジサンは、「若き日々を、惜しみながら生きて来れたであろうか。」
    いつも見る度に反省させられる。icon07

    ●「ただ、老いた日のオシメ(アテント)」になる日もそう遠くないが、「一日一日を大切に生きたい」と誓うオジサンであった。icon21icon21icon21


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    「だいぼし」

    カテゴリー

    ●「だいぼし
    ●「二俣のもうやってないお店」シリーズ、第9弾、だっけ?icon20
    ●「だいぼし」は、二俣高校の横にあったお店。
    ●今は、写真のように、寂しい状態だ。icon20icon20icon20




    ●オジサンは、お店の中へ入った事は、数えるくらいしかないが、ここの「餃子」は好物のひとつで、よく家に出前をしてもらっていた。icon02

    ●「」が、ペースト状に大変細かく刻まれており、口の中に入れると、すぐ溶けてしまうような餃子であった。icon02

    ●現在、営業しているお店でいうと、「山東」の「新小島」さんの餃子が、一番近いと思う。icon03

    ●経営者のオヤジさん、オバさんは、すでに亡くなり、息子も東京在である。

    ●実は、この息子、オジサンの同級生である。(同級生ばっか!)icon07

    ●かつて、この餃子の話になり、「レシピ」は残ってないのか、と聞いたところ、「無い」との返事。icon07

    ●手伝った事はあるが、作り方は知らないという。icon20

    ●そんな訳で、「だいぼしの餃子」も、「幻の餃子」となってしまった。icon07

    ●まぁ、たとえ、「レシピ」が残っていたとしても、全く同じ味を出すのは、困難な事であろう。

    ●何故なら、職人技には「勘どころ」というものがあり、これは、失敗と経験からしか、得られないものだからだ。

    ●書いていたら、あの味に出会いたくなった。icon04

    ●明日は「新小島」さんへ行き。亡きオヤジさんを偲びながら、餃子を頬ばろうか。icon21icon21icon21


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    「波動水」

    カテゴリー

    ●「波動水」●今日の朝、仕事前、オジサンが車を洗っていると、そこへやって来たのは、同級生で、同僚のM子。icon02
    ●おもむろに、(写真)のボルト、いやボトルを差し出す。icon20
    ●「何だ、これ?」と問いかけると、「先日、胸に影が、どうのこうの、って言ってたよね。」と言う。(5月8日掲載icon03

    ●オジサンは、思い出した。icon07●この水は、水道水に、ある種の「波動」を加えたもので、症状に合わせて、水の組成を変えたものだ。icon07
    ●彼女は、先日のオジサンの話を聞き、「」に良い水を作ってきてくれたのだ。(未だ、結果出てないのにね。)icon20
    ●優しい心づかいが、ありがたく、オジサンは感謝した。icon06

    ●と同時に、ぬあんで、「水道水」に波動を加えた「」であらゆる病気が好転するのか。icon04
    ●オジサンは、かつて、彼女に、その疑問を投げかけたところ
    ●「治るんだから、イイじゃないicon18と半分、怒ったような口調で返事が返ってきた。(お~、こわ。)icon20icon20icon20

    ●「プラシーボ効果」と云われるものがある。
    ●簡単な例をあげれば、岩石の粉を「ガン」に効く、といって飲ませると、「ガン」の症状が好転、時には完治してしまう、といったような事だ。icon04
    ●「病は気から」と云うではないか。

    ●だから、オジサンは薬を飲む時、必ず、「効能」を読んで、薬を心から信じてから飲む。効き方が違う。(ホントけ?)icon20
    ●だから、「プラシーボ効果」などという、知識を知ってしまった人間には効きが悪くなる。icon03
    ●そういう意味では、今回、知ってしまった方、ゴメンなさい。icon03icon20

    ●「水」と云えば、先日、「脳薄い症」のM大臣icon07が一本5000円もする、「ナントカ還元水icon21の件で、ノラリクラリとバカげた答弁を繰り返していたが、それに比べれば、水道水が原料の「波動水icon21の方が、よっぽど良いね。icon03

    ●オジサン、しばらく続けてみるよ。M子の優しさに免じてね。icon21●っていうか、M子に「アンタ!飲んでるだらねicon18icon19って、怒られたくないんで。icon21



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    「堪能、再び!」

    カテゴリー

    ●「堪能、再び」●今日は、ブログ上で知り合った、オジサン一番のお気に入り「週刊SLOW TIMES」のさんのバンド「BEATMEN」(ビートメン)の練習を見学して来た。

    ●一人で行くのも何なので、昔、いっしょにステージに立った事があるU氏を誘った。
    ●写真は、その時のもの。(壬生ホール)icon20icon20icon20


    U氏はオジサンより音楽的な造詣は深く、きっとTさんと話が合うと考えたからだ。
    ●オジサンは、歌うのは好きだし、ちょこっとギターもやるが、譜面が読めない。icon07
    ●自慢ではないが、小学校の時の音楽の成績は、5段階で「」であった。icon20

    ●さて、地図を頼りに、バンドの練習場へ。●すでに練習は始まっており、とりあえず演奏を聴いた。

    icon08イヤ~、スゴイ!●想像を遥かに超える、演奏テクニックの高さ。icon24
    ●俺達とは、ラベル、いやレベルが違うと、U氏も思ったはずだ。icon07



    ●「オジサンも歌ってみます?」と言ってくれるので、図々しくも、生バンドをバックに歌わせてもらった。
    icon36カラオケとは違う、難しさはあったが、オジサンは、何とか歌った。icon20icon20icon20

    ●どんな曲でも、ちょちょいと気負いなく演奏してしまうメンバーのテクニックがスゴイ。icon03
    ●懐かしい曲のオンパレードに、ついついリズムをとりながら陶酔してしまうオジサンであった。

    ●帰りしなに、オジサンの好きな「サンタナ」の「ブラック・マジック・ウーマン」を演奏してくれたが、リードをとる、さんのギターを弾く指を見ていると、まるで「マジック」を見ているようであった。icon08



    ●U氏のバンドとのコラボの話も出たりして、短い時間であったが、収穫の多い日となった。
    ●メンバーのほとんどはオジサンよりもオジサンだと思うが、音楽に賭ける愛情と情熱は、年齢を感じさせない。icon22icon22icon22

    ●恐るべし「ビートメン」。icon19●オジサン達のお尻を追っかけるオジサンという絵面は悪いが、オジサンは、「ビートメン」の追っかけに、なるかもしれない。icon20icon20icon20

    ●「堪能、再び」 「ビートメン」の皆さん、本日は、ありがとうございました!icon02icon02icon02


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    「かけもち」

    カテゴリー

    ●「かけもち」●昨夜は、呑み会が「かけもち」となる。icon04
    ●一軒目は、「新町カラス会」●オジサンはメンバーではないが、ゲストで、お仲間にしてもらう。icon02
    ●場所は「丸百酒店」●お店に五円玉で創った「カブト」があった。●珍しいので、写真を撮らせてもらう。●すごく上手く出来ていて、ズッシリと重い。icon03


    ●「かけもち」2軒目は、「西町なかよし倶楽部」●会の名前はオジサンが考えたが、名前ほど仲は良くない。icon07
    ●というより、「竹馬の友」の集まりなので、会話に遠慮がない、というだけの事であるが。icon04●この会には、会費が無い。●「おつまみ」と「お酒」を各自、持ち込んで、皆で飲み食い。icon03

    ●オジサンは「すみよし」の「かつ煮」を差し入れる。●これは、「かつ丼のご飯無し」、といえば、判り易いかな。●濃い目の味付けが、ツマミによく合う。icon02

    ●各自、色々なものを差し入れるので、テーブルの上は、結構、華やかである。icon38

    ●酒宴のラストは、恒例の「ラーメン鍋」●デカイ鍋に、インスタントラーメンをぶち込み、皆で箸でつつき合い、食べる。


    ●競争は激しく、ショロショロしていると、瞬く間に無くなってしまう。icon08
    ●緊迫している状況を撮影した。icon03



    ●「鍋」を仕切っているのは「男の料理」の会長のY氏であるが、手料理の持ち込みは稀である。icon07「会長、たまには、腕をふるって、手料理ご馳走してね。」icon03

    ●美味しいツマミと楽しいお酒で、オジサンは、いつものように調子が出てしまい、解散後、さらにもう1軒のお店目指して、一人、二俣の闇の中に消えていくのであった。icon20icon26icon36


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    「浜商まつり」

    カテゴリー

    ●「浜商まつり」●どこかでも書いたが、「浜商」は、オジサンの母校である。
    ●今日、書類を整理していたら、今年の「浜商まつり」のチケットが出てきた。
    ●ついでといっては何ですが、ちょこっと、お知らせさせてください。icon03

    ●「浜商まつり」は、浜商の全体同窓会で、いつも1200名余のOB・OGが集まります。
    ●今年は、午前中に、浜商vs掛西の記念試合が行われます。icon19
    ●現在、掛西の監督は、甲子園へ7度、浜商を連れて行った、我が二俣出身の「上村監督」です。icon02
    ●どんな展開になりますことやら。icon03

    ●二つ目はアクトホールを満席に出来る実力を持つ、浜商吹奏楽部と迫力ある応援団のパフォーマンス。(絶品です!オジサン、鳥肌が立ちます。)icon02●今年はステージドリルを披露するようです。

    ●三つ目は、特別ゲスト。今年は、なんとicon08「掛布雅之さん」とicon08「オール阪神・巨人さん」が来るようです。

    ●と、まぁ、ここまで読んで、OB・OGで無い者は、どうせ入れないんでしょ、icon18とチンプリかく人がいるかもしれませんが、別にOB・OGでなくても、チケット(3500円)を購入すれば、どなたでも入場できます。icon02

    ●「浜商!浜商!」の連呼が、おイヤでなかったら、是非、ご来場ください。icon02
    ●最後にはパーティーがあり、飲み食いが出来ます。icon38

    ●しかし、これで、3500円。●今年の幹事達、これでペイできるのかね。icon07icon07icon07



    ●第102回「浜商OB・OGまつり」ホームページ  http://www.hamasho-obog.org


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    「太陽堂」

    カテゴリー

    ●「太陽堂」●「二俣のもうやってないお店」シリーズ 第9弾。icon21●シャッターが閉まった「太陽堂」、何とも言えない、寂しさを感じる。icon07

    ●オジサンが中学生ぐらいの頃の「太陽堂」は、今の「いわしん」の横あたりにあった。●レコードやレコード針のみならず、ギターなど、楽器も置いてあり、音楽好きな人達が出入りしていた。

    ●思春期のオジサンが、生まれて初めてのLPレコード「ベッツィー&クリス」を買ったのも、「ヤマハ」の「FG-240」というフォークギターを買ったのも、この「太陽堂」であった。icon02

    ●オジサンは、ベッツィーの方がダントツに好きでicon16、その傾向は、今も変わっていない。●キツネタイプよりも、「川口晶」「レニー・ゼルウィガー」「宮崎淑子」など、タヌキタイプが好きだ。icon16
    ●まぁ、そんなオジサンの好みはどうでも良い。icon07

    ●最初の経営者は、Uさんご夫婦であったが、その後、働いていたS氏が経営者となり、昨年末まで、お店は続いていたが、ついに閉店に至った。icon21

    ●CDがレンタル出来、音楽がネットから取り込め、それらがコピーできる時代である。●セルひと筋の経営の未来が見えていたのだろう。icon07

    ●実は、このS氏は、オジサンの同級生である。icon03●天竜の音楽文化の発信基地として、「頑張ってくれ」、と会うたびにエールを送り続けていたが、力尽きたか。icon21

    ●最近、二俣のみならず、商店街のお店の閉店が続いている。icon04
    ●逆に「スパイラル(ぐるぐる日記)」さんのように、二俣へ出店して来た方もいる。ありがたい事だ。icon02

    ●商店の無い町は魅力がない。icon25●オジサンの子供の頃のような二俣の町の隆盛を夢みるのは、愚かなる幻想なのであろうか。
    ●サビシィ~!!!(財津一郎)icon21icon21icon21


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    「午前5時起床」

    カテゴリー

    ●「午前5時起床」●皆さんは何時に起床しているのであろうか。●オジサンは、仕事の都合で、月・水・金は「午前5時起床」である。icon04●「起きられるのか?」って、起きなきゃ仕方ないので、オジサンは、ある工夫をしている。icon03●まず、4時55分に枕元で「写真」手前の小さな時計が鳴る。●それでも起きないと、午前5時、後ろの大きな、「大音響(電波)目覚まし時計」が、とんでもない音量で、オジサンを起こすのである。icon15●しかも、こっちは「隣の部屋」に置いてあるので、イヤでも起きて止めに行かねば、隣近所から苦情が出る。icon07●その為、オジサンはicon08血相変えて飛び起きるのである。●人間、一度立ち上がれば、イヤでも起きる。icon20

    ●先日、前夜の呑みすぎで、起きたら、7時過ぎ!icon08酒も残ってる、icon08「グワ~、これは、イカン!間に合わん!」とパニック!アタフタ!icon08しかし、よくよく考えてみたら木曜日。5時起きしなくても、いい日だった。●オジサン、頼むわ、ホントに。icon07

    ●早起きの効用を、うたった本がたくさん出ている。icon02●写真はオジサン、お勧めの2冊。「朝に生まれ変わる50の方法」 中谷彰宏著 (PHP研究所) 900円。●文庫版も出ているが、こちらの方が、マンガ入りで読みやすい。●もう1冊は、「朝がうれしい眠り学」 鳥居鎮夫著 (PHP文庫) 480円●いわゆる、早起き本では無いが、「眠りの科学」みたいなものが、平易に説かれている。icon02

    ●「朝飯前」という言葉があるが、いつもより2時間くらい早起きして、あれこれやってみると、思いの他、作業がはかどるものである。icon02●ひと仕事終わって、時計を見ると、まだ7時頃だったりしてね。icon02

    ●残された人生、時間を大切にしよう、と思ったら、毎朝、「午前5時起き」するのも良いのかもしれない。icon24●だけど、オジサン、呑みすぎた翌朝は、いつも死んでるからなぁ~。icon25●まぁ、無理せずにコツコツ行こう。icon03●そのうち、「オジサン」は「オジイサン」になって、夜9時頃には、モウロウとなり、起きておれず寝床へ。●イヤでも早起きになれるさね。icon07


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    「さいとうラーメン店」前史

    カテゴリー

    ●「さいとうラーメン店」前史
    ●「二俣のもうやってないお店」シリーズも、どういう訳か好評なのだが、「今もやっているお店」も、という声があるので、第1弾として、引き続き、オジサンの知りうる「さいとうラーメン」を書いてみたい。

    ●「さいとうラーメン」は繁盛店である。二俣という田舎にありながら、休日ともなれば、行列の出来るお店である。●しかし、現在の状況に至るまでには、幾度の変遷があった。

    ●創業者である先代は、最初は屋台でラーメンを引き売りしていたという。●残念ながら、オジサンは、その時代を知らない。

    ●今のクローバー通りの1本西側の道路を、かつては「西町銀座」通りと呼び、車の往来こそ少ないものの、色々な商店が軒を連ねていた。●現在、「銀座ホール」という、パチンコ店があるが、その名前は、当時の通りの名前に由来する。

    ●国道との突き当たりにはアーチ状のネオンサインのタワーが立っていて、夏になると色々な虫が、その光を求めて集まった。その虫たちは、オジサン達、子供にとって「オモチャ」になった。

    ●通りの「内山理容店」と、今は無き、「水野時計店」の間に、前「さいとうラーメン店」があった。
    ●今、そこは駐車場になっているが、こんなに狭い所にお店があったのか、というくらい狭い。
    ●二人掛けの小さなテーブルが3つあるだけのお店。●敷地の半分以上は住居と裏庭で占められていた。

    ●経営が成り立っていたのは、先代の出前の力であろう。店売りのみでは限界があったと思われる。

    ●いつだったか、オジサンは、先代に「オヤジさん、今の味を出すにゃ~、苦労しただらね?」と尋ねたところ、返って来た言葉は、「H君、昔しゃ~食べるもんが無いもんで、どんな味でも売れただよ。」との答え。●いささか拍子抜けした事がある。
    ●ただ、その後は研究し、今の味の原点を創り上げていったという。

    ●現在の場所に移転して久しい。●現在の二代目は、伝統の味に磨きをかけ、テレビやラジオ、情報誌といったマスコミに登場、時の「ラーメンブーム」に乗じて、お店を、さらに向上させている。

    ●「昔の味の方が…」という声も聞こえてくるというが、「今のお客さまに、今、受け入れらているならば、それはそれで、良いではないか」、とオジサンは思う。

    ●先年、先代が亡くなった。
    ●葬儀には多くの人が参集し、故人にお別れをした。オジサンは近年、あんなに泣く人の多かった葬儀を知らない。
    ●先代が懸命に自転車で出前をしていた姿が思い出され、オジサンも涙した。
    ●寡黙、朴訥、素朴な印象の先代であった。

    ●葬儀後、しばらくして会った二代目が呟いた。
    「オヤジの葬儀には、皆んな来て泣いてくれたけど、自分の時も泣いてくれるかな?」

    ●「それは、アンタのこれまでの人生の歩み方と、これからの人生の歩み方次第じゃないの?」 
    オジサンは、先輩である二代目に、偉そうに答えた。
    自分自身に言い聞かせるように。icon20icon20icon20



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    「さいとう」さん

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    ●「さいとう」さん●「さいとうラーメン店」の店主とは、幼な友達である。●今日は、お店が休みの為、月一恒例のランチに出かけた。icon38●向かった先は「ココイチ」●カレーを食べながら、ビジネスやプライベートの情報を交換した。●先日、オジサンがお会いした「はるノス」さんとは、昔から面識があるそうで、世間の狭さを痛感する。icon03●店主もバンドをやっていた事があり、音楽に関してはチトうるさい。icon04●「さいとう」さんと会って勉強になる事は、「前向き」である、というところだ。●オジサンには無い行動力があり、刺激になる。icon24●また、毎年アメリカへ単独で行く、アメリカンフリークでもある。icon30●写真は、お互いが20代の頃、「二俣まつり」の時のものだ。icon07●当時の「さいとう」さんにはヒゲがあり、オジサンには無いが、今は逆である。●あれから幾星霜、今やオジサンの髪は無く、体はメタボ体形に変身してしまった!icon08●嗚呼!時の流れの無情よ!オジサンの青春と髪の毛を返してくれ!icon07●なんて気取ってるバヤイでは無い。icon03●健康の為にも、もう少しで良いから痩せよう、と思う。icon20icon20icon20

    ●さて、健康といえば、今日、血圧の薬をもらいに「SSD医院」へ行ってきた。icon35●薬だけ貰って帰るつもりであったが、先生が胸の小さな影が気になるからと、レントゲンを撮った。icon04●さらに気になるからとCTスキャンを勧められ、スキャンを始めたところ、突然、器械が不調になり、icon08オジサンはCTスキャンの中に閉じ込められてしまった。icon07●看護婦さんが「出られますかね~」と言うので、オジサンは仰向けでズルズルと這い出して来たのであった。カッコワル~icon07●看護婦さんが言うには、初めての事だと言う。●責任をとる気は無いが、icon03オジサンの体形と体重が器械を壊してしまったのだろうか。icon08●CTスキャンは後日する事になった。●ヤレヤレ。icon21


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    「エンゼル」

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    ●「エンゼル」●「二俣のもうやってないお店」シリーズ第8弾。(オジサン、くどいっ!icon18icon20icon28天浜線、本町駅を降り、南へ歩く、本町の通りと交わる少し手前にスナック「エンゼル」はあった。●今はサラ地になっている。icon04●「エンゼル」のマスターMさんは、いつも蝶ネクタイをして客を迎えた。icon02●カラオケのモニターは10台くらいあっただろうか。●歌った曲をレコードにしてくれた時期もあった。●とにかく、二俣という田舎には不釣合いな、独特の雰囲気と設備をもったお店であった。●当然、音響も良く、つぶやくように歌っても上手く聞こえた。icon07●ある夜の事である、ステージで歌っていると、icon36オジサンの周りにシャボン玉が、足元にはスモークが湧き出てきた。icon08●オジサンは、自分がスターになったような気分になり、声をいっそう張り上げるのであった。icon20●ただし、この演出は勘定に加算されたと思う。頼んでもないのに。(グスン)icon21●寡黙なマスターであったが、街で会った時、挨拶すると、ニコッといつも笑い返してくれた。でも、どこか寂しげでもあった。icon04●ノドに出来た病気で亡くなったと聞いたのは、それから、しばらくしてからの事である。icon07●まだ、60歳前だったと思う。icon21●サラ地になってしまったお店の跡を見るたびに、マスターの事や、いっしょに行った、いろんな人とのエピソードを思い出すオジサンであった。icon21


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    「堪能」

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    ●「堪能」●昨夜、お気に入りである「週刊SLOW-TIMES」の「はるかノスタルジー」さんから、ブログ上に連絡があった。icon40●バンド仲間とカラオケへ行くので、来ませんか?というお誘いであった。icon36●ブログ上では、顔が見えないから、いつもバカを言ってるが、ご本人と会うのは、何となく体裁が悪い、という気持ちがあったが、これも「ご縁」と思い、出かけた。icon26●結果は、大正解であった。icon02●初対面とは思えぬくらい仲良くしていただき、オジサンは懐かしのヒット曲を、時にはソロで、時にはコーラスで歌いまくった。icon36●当たり前であるが、バンドの皆さんは歌が上手で、オジサンはビールの酔いも手伝って、懐かしの青春時代へ引き戻されていったのであった。icon06●ゴールデンウイーク中、仕事もあり、今ひとつ物足り無さを感じていたが、最終日に心ゆくまで「堪能」させてもらいました。icon02●機会を作ってくださいました「週刊SLOW-TIMES」の「はるかノスタルジー」さんとバンドのメンバーの皆さんに心より御礼申し上げます。icon02


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    「銀」

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    ●「銀」(ぎん)●「二俣のもうやってないお店」シリーズ第7弾。(こりないオジサン)icon07●スナック「銀」の店主は「お銀ちゃ」「銀ネー」と呼ばれたSさん。●最初のお店は「尾張屋」さんの、今は駐車場になっている所にあった。●カウンターのみのお店で、トイレが一番奥にあった。●このお店の悪いところは「朝」まで営業していることである。icon07●消防団の演習の夜は、お決まりのメンバーで、明るくなるまで、歌い、駄弁っていた。●二度目のお店は吾妻町へ移転。●この場所は両サイドに民家がある為、夜中のカラオケは音量が絞られた。●オジサンの一番の思い出は、夜10時頃に、お店に入り、いつもの通り、翌日の朝になり、そのまま、お昼までお店に居た事だ。icon08●14時間もお店に居た事になる。icon07●その内容であるが、チビチビ呑みながら、ほとんどママの半生記を聞かされていた。icon07●ママの話術にかかると、皆んなハマったようだ。●「お昼になるで、帰るよ。」icon04ドアを開け、お店の外に出ると、日差しが眩しくicon11icon27車は忙しく行き来していた。●後ろめたさと睡魔を感じながら、お店を後にしたあの日が思い出される。●しかし何だね、居座る客も客だが、「帰れ」とも言わない店も店だね。icon07●残念ながら、「お銀ちゃ」は齢60余歳で故人となった。●あんな生活パターンの毎日が寿命を縮めたのだろうか。少し心が痛むオジサンである。icon21


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